AIが描ける時代に、私はスンスンを無心で描いている
最近は、AIでも写真のような絵が描ける時代になりました。
本当にすごいなと思います。
数秒で、きれいで、整っていて、完成度の高い絵ができてしまう。
そうなると、ふと思うんです。
私がいくら頑張って絵を描いても、何のためなんだろう?
AIの方が早いし、上手だし、きれいだし・・・と。
それでもやっぱり、描きたくなるものがあります。
それが、うちの猫、スンスンです。
この本の表紙に惹かれて

先日、猫の描き方の本を買いました。
『ねこを描く』〜肉球からしっぽの先まで愛をこめて〜(Amazon参照/画像のリンクはAmazonのページが開きます)
本当はデッサンで形や光と影なんていうものを練習した方が描きたいものがスルスルっと描けるようになるのでしょうが・・・
私はせっかちなので、猫の毛の描き方を見たかったのです。
ふわふわしているようで、ただ塗ればいいわけではない。
柔らかさも、模様も、毛の流れも、猫らしさもある。
特に気に入ったのが、この本の表紙でした。
表紙の猫が、なんとなくスンスンに似ていたんです。
鼻をスンスンしている時の、あの顔に。
「肉球からしっぽの先まで愛をこめて」
このフレーズにも、共感!
猫を描くというより、
猫をよく見るための本。
そんなふうに感じました。
起こしに来たスンスン
今回、参考にしたのは、
ある日の朝、というか、ほぼ昼に撮ったスンスンの写真です。
視線を感じてふと見ると、ベッド越のスンスン笑。







たぶんスンスンは、私を起こしに来たのだと思います。
いつもなら、スンスンが来ると私も起きる。
ごはんをあげて、一日が始まる。
でもこの日は、私がなかなか起きませんでした。
この日はたぶん、いつものように、
私の顔を舐めたり、ニャーニャー鳴いたりして、
起こそうとしてくれていたのだと思います。
でも、私は全然目が覚めませんでした。
もしかしたら、
「今日は寝かせてあげよう」と思って、
いつものようには起こさなかったのかもしれません。
本当のところは、スンスンにしかわかりませんが・・・
でも、ベッドの向こうからこちらを見ていたあの目は、
「起きるかな」
「まだかな」
「ごはんかな」
そんなふうに、私を待っていた顔に見えました。
一旦起きて、スンスンにごはんをあげて、
私も適当に作って食べました。
そして、また眠くなりました。
今度はソファーで横になり、
起きたら、もう夕方でした。
朝日ではなく、夕方の光。
スンスンと一緒に、
猫のように眠ってしまった一日でした。
まんまるおめめのスンスンは貴重
スンスンのまんまるおめめは、貴重です。
でも、まんまるだからといって、必ず可愛く写るわけではありません。
キジ猫は、顔の黒い柄が強く出ると、
歌舞伎の隈取りのように見えて、怖く見えることがあります。
茶トラは、やわらかく優しい印象に仕上がりやすい。
でもキジ猫は、模様の取り方ひとつで、
可愛くも、精悍にも、険しくも見えます。
そこが難しくて、面白いところです。
今回のスンスンも、まんまるおめめではあるけれど、
正直、ものすごく可愛い写真というわけではありません。
まんまるだけど、ちょっと怖い。
でも、これもスンスンです。
眠っている私を、起きるかな、まだかな、と待っていたかもしれないスンスン。
その時の顔だと思うと、やっぱり描いてみたくなりました。
AIではなく、自分の手で描く意味
AIは、とても便利です。
私も日々、助けてもらっています。
でも、自分の手で描く時間には、
AIとは違うものがあります。
迷った線。
歪んだ形。
思ったように描けなくて、何度も戻る時間。
それでも、スンスンに近づいた気がする瞬間。
そのすべてが、私にとっては大切な時間です。
きれいに完成させるためだけなら、AIの方が早いかもしれません。
でも、スンスンを見つめて、
耳の形を追いかけて、
毛の流れを考えて、
鼻をスンスンしている時の顔を思い出して。
そうやって描く時間は、
完成した絵以上に、私の中に残ります。
無心になれる時間
最近は、保険の試験勉強で、
普段とは違うところの脳みそをたくさん使いました。
そのせいか、絵を描いている時間が、
とても心地よく感じます。
考えすぎず、
比べすぎず、
ただ目の前のものを見て、手を動かす。
無心になれる時間です。
そして、ふと思いました。
色を見る仕事も、絵を描くことも、
根っこには「よく見る」という同じ感覚があるのかもしれません。
その人の表情を見る。
肌の色の変化を見る。
似合う色をのせた時の、ほんのわずかな違いを見る。
猫を描く時も、色を見る時も、
大切なのは、急いで決めつけることではなく、
じっと見ることなのかもしれません。
次は、可愛いスンスンを描きたい
ただいま、猫を描く基礎練習中です。
よーく見ると、雑なのがバレます。
毛の描き方も、線の取り方も、まだまだです。
でも、無心になれるんです。
AIがきれいな絵を描いてくれる時代だからこそ、
自分の手で描く時間が、愛おしく感じます。
次は、また別のスンスンを描いています。
これは可愛い。
キジ猫の模様は難しいけれど、
この可愛さを、ちゃんと描いてあげられるかな。
上手に描くためだけではなく、
スンスンをもっとよく見るために。
しばらく私は、
スンスンを描きながら、
この無心になれる時間を楽しんでみようと思います。

